- 実施期間: 2003年3月
- 実施場所: イラク
- 作戦の性格: 水陸両用作戦(襲撃)
- 参加部隊
- イギリス王室海兵隊第3コマンドウ旅団
- 王室海兵隊第40コマンドウ (イギリス軍)
- 王室海兵隊第42コマンドウ (イギリス軍)
- 王室砲兵隊第29コマンドウ連隊 (イギリス軍)
- 王室工兵隊第59独立コマンドウ部隊 (イギリス軍)
- 王室工兵隊第131独立コマンドウ部隊 (イギリス軍)
- アメリカ海兵隊第15海兵遠征隊 (アメリカ軍)
- アメリカ海兵隊SEAL第3チーム、第8チーム、第10チーム (アメリカ軍)
- GROMコマンドウ部隊 (ポーランド軍)
- 作戦支援艦艇
- イギリス海軍ヘリコプター空母 HMSアークロイヤル()
- イギリス海軍強襲揚陸艦 HMSオーシャン()
- イギリス海軍フリゲートHMSリッチモンド
- イギリス海軍フリゲートHMSマールボロー
- イギリス海軍フリゲートHMSチャタム
- イギリス海軍補助艦隊揚陸補給艦RFAガラード
- アメリカ海軍巡洋艦USSヴァリー・フォージ(指揮統制艦)
- アメリカ海軍輸送揚陸艦USSラシュモア
- ポーランド海軍汎用兵站支援艦ORP Kontradmiral Xawery Czerinicki
- オーストラリア海軍フリゲートHMASアンザック
- 作戦支援航空戦力
- アメリカ海軍航空母艦USSコンスタレーション艦載機
- アメリカ海軍F-14トムキャット戦闘機
- アメリカ海兵隊F/A-18ホーネット戦闘爆撃機
- アメリカ空軍MH-53ペーブロー戦闘捜索救援ヘリコプター(狙撃支援)
- アメリカ海軍HH-60Hシーホーク(ポーランド部隊狙撃支援)
- アメリカ空軍A−10サンダーボルト対地攻撃機(近接支援)
- アメリカ空軍AC-130スペクター対地攻撃機(ガンシップ)
- アメリカ海兵隊AH-1コブラ対地攻撃ヘリコプター
- アメリカ海軍航空母艦USSコンスタレーション艦載機
- 敵対勢力: イラク(サダム・フセイン)軍
2003年3月19日多国籍軍(有志連合)によりイラクに対する開戦が宣言された。多国籍軍の最初の軍事目標はアル・ファウ半島と呼ばれる地域の石油・天然ガスプラットフォーム(GOPLATs)ならびにイラク最大の港のウンム・カスル港を占領することであった。悪天候のため、この最初の襲撃作戦の開始は翌20日夜に設定された。
3月20日22時、アメリカ空軍AC-130ガンシップと空母から発進した戦闘攻撃機によるウンム・カスル周辺のイラク軍陣地に対する爆撃が開始された。それに呼応して、イギリス王室海兵隊第40コマンドウとアメリカ海兵隊第15海兵遠征隊(15 MEU)から抽出された襲撃部隊がヘリコプターでアル・ファウ半島のGOPLATs周辺に強行着地に成功した。イラク軍による抵抗は弱く、直ちに襲撃部隊はGOPLATs周辺のイラク軍陣地を制圧し200名のイラク兵を捕虜にした。ヘリコプター強襲部隊の突入と同時に、海からはアメリカ海軍特殊部隊SEALはMina Al Bakr石油ターミナルに突入し、ポーランド軍特殊部隊GROMはKhor Al Amaya石油ターミナルに突入した。イラク警備兵32名を捕虜にしてそれらのターミナルの占領に成功した。
同22時25分、イギリス海軍フリゲートとオーストラリア海軍フリゲートからの艦砲射撃と、クウェート領ブビヤン島からのイギリス軍とアメリカ軍の砲撃の援護を受けながらイギリス王室海兵隊第42コマンドウがAl Fawの町に上陸し、コブラ攻撃ヘリコプターによる地上掃射とともにヘリコプターに分乗したアメリカ海兵隊第15海兵遠征隊隊員たちもAl Fawの北部にあったイラク軍砲兵陣地を襲撃し石油関連施設に対するイラク軍の攻撃を封じることに成功した。
この日の襲撃の目的は達成されたが、悪天候と砂塵による劣悪な視界のためイギリス王室海兵隊員を突入させるためのアメリカ海兵隊CH-46Eシーナイト中型輸送ヘリコプター1機が墜落し、王室海兵隊員7名、王室海軍オペレーター1名、アメリカ海兵隊員4名が戦死した。
翌3月21日、イギリス王室海兵隊の装甲戦闘車両がアメリカ海軍エアクッション揚陸艇でAl Fawに揚陸させる予定であったが、揚陸に適した海岸線ならびにウンム・カスル港周辺はイラク軍により大量の機雷が敷設されており、機雷除去が必要となり揚陸はクウェート国境に近い後方から実施することになった。
イギリス王室海兵隊、アメリカ海兵隊、アメリカ海軍特殊部隊、ポーランド特殊部隊の先鋒襲撃部隊によって石油関連施設とAl Fawは制圧したため、アメリカ海兵隊第15海兵遠征隊(15 MEU)を含んだ王室海兵隊第3コマンドウ旅団本隊によるウンム・カスルのイラク軍を制圧する作戦が開始された。しかし、予想に反してイラク軍の抵抗は激しく戦闘は23日まで続いた。
クウェートからの砲兵隊の支援や、後方から迂回して追いついた英国王室海兵隊の装甲戦闘車両それにアメリカ海兵隊戦車の到着により、イラク軍主力は撃破されたが、23日になってもウンム・カスル市内各所にイラク軍兵士たちが立てこもり抵抗を続けた。24日には、イラク機甲部隊がAl Faw奪還のために接近してきたが、王室海兵隊第40コマンドウ部隊により撃破され撤退した。この日までに、ウンム・カスルを含むAl Faw半島一帯は多国籍軍先鋒の侵攻占領部隊の手に落ちた。
ウンム・カスル港の機雷除去作業は、アメリカ海軍第14対機雷戦ヘリコプター飛行隊(MH-53E掃海ヘリコプター)、特殊除去チーム-1(特殊訓練を施したイルカやアシカを含む)それにイギリス海軍掃海艇(HMSバンゴー、HMSサンダウン)によって成功裏に進められ、3月25日にはウンム・カスル港の再使用が可能になった。これ以降、この港湾は多国籍軍の補給活動に重要な役割を果たすことになる。
このように、3月20日夜半に開始された、アメリカ海兵隊第15海兵遠征隊・アメリカ海軍特殊部隊、ポーランド特殊部隊を含んだイギリス王室海兵隊第3コマンドウ旅団によるAl Faw半島制圧・ウンマ・カスル港占領といった多国籍軍初戦の目的は達成された。
参考文献:
- Lt.Col. Michael S. Groen et. al., 2006. With the 1st Marine Division in Iraq, 2003: No Greater Friend, No Worse Enemy. Quantico, Virginia: History Division Marine Corps University.
- Lt.Col. Kenneth W. Estes. 2009. U.S. Marine Corps Operations In Iraq, 2003-2006. Quantico, Virginia: History Division Marine Corps University.
〜添付図版等の公開準備中〜