海洋軍事力というのはかつては艦船を中心とした海軍に関係する軍事力だけであったが、軍事技術の発展に伴って海軍航空隊や空軍といった航空戦力、海洋から海岸線や内陸に突入する海兵隊や海軍陸戦隊、それに遙か遠方海域(海上、上空、海中)から敵地や敵艦艇や敵航空機を攻撃する長射程ミサイルなどの様々な軍種に関する軍事力を包含するようになった。
また、海軍艦艇や航空機の数やそれらの大きさそして装備している武器などの兵器や、それらに乗り込んだり操作する将兵の数や練度や士気、軍港や航空施設それに兵器の開発製造やメンテナンスなどのロジスティックス、などの目に見える「戦力」だけが海洋軍事力を構成しているわけではない。
海洋国家に限らずいかなる国家の軍事力にとっても戦力以上に重要なのは「国防戦略」である。いくら優秀な将兵と高性能兵器を取り揃えて強力な戦力を手にしていても、国防戦略が不適切であったならば勝利すなわち国防は覚束ない。そもそも、各種戦力は国防戦略を実施するための道具であり、国防戦略が戦力を規定するのであり、適切な国防戦略こそが軍事力全体を左右する大黒柱となるのである。そのため、米海軍などで用いられる国際政治関係のあり方を考察し行動方針を決定する「思考の枠組み」としての海洋地政学では、国防戦略を最も重視することになる。そのため、しばしば戦略地政学ともよばれるのである。
国防戦略というのは、人間の思考活動によって生み出されるものであるから、上記の現代的地政学の枠組みを構成している「国防思想における伝統的気質」に規定されざるを得ない。たとえば、長い歴史を通して日本社会に浸透している伝統的気質に「外敵が我が国土に攻め込んできても精強な防衛軍によって撃退する」というものがある。一方、イギリスに浸透している伝統的気質は「外敵は海軍によって海洋で打ち破る」というものがある。このような気質は長い歴史を通して形成された、まさに伝統的なものであるため、それぞれの国で国防戦略を策定する際に極めて大きな影響を与えることになる。
もちろん国防戦略を生み出すにあたっては、彼我の地形的条件、彼我の技術レベルなどを考慮しなければならないのは当然であるが、もっとも根強い影響を受けるのが自らの国防思想における伝統的気質なのである。
「日本周辺の海洋軍事力」では日本周辺諸国の海洋軍事力を分析するが日本周辺諸国には地理的に日本に隣接する諸国(中国、ロシア、北朝鮮、韓国、台湾)だけでなく日本の安全保障にとって軍事的影響を及ぼす可能性が大きい諸国(アメリカ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、シンガポール、オーストラリア、インド、イランなど)を取り扱う。