国防DNAの形成〜米国編(3/4)

§8:世界最強の海洋国家
第二次世界大戦後も、ひきつづき海洋国家であるアメリカの国防基本原則は「外敵は可能な限り遠方の海洋上でことごとく打ち破り、一歩たりともアメリカ領域の海岸線を踏み越えさせない」という海洋防衛戦略原則に完全に立脚している。

第二次大戦中に肥大化したアメリカの海軍力は世界でも突出したものとなったのに加えて、長距離爆撃機や弾道ミサイルなどの登場に伴い、アメリカの制海三域はアメリカ本土から遥か彼方遠方へと押し出されることとなった。その結果、アメリカ国防戦略が基本的に想定している現在の「制海三域」は次のようになっている。

移動する航空基地としての大型航空母艦を手にしたアメリカは、かつてイギリスが敵地の港湾や造船所を襲撃して、場合によっては敵沿岸に陸上戦闘部隊を上陸させて敵の沿岸砲台や通信施設などを破壊してしまい、敵の我が方への侵攻能力そのものに打撃を与えてしまうという戦略の現代版を基本的戦略としている。

すなわちアメリカに危害を加える恐れのある外敵に対しては敵地沖合に空母艦隊を派遣して敵領土内に対する航空攻撃を実施するとともに、ミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦ならびに攻撃型原子力潜水艦から対地攻撃ミサイルを発射して敵領内の戦略的要地を攻撃し、その外敵がアメリカを攻撃する能力を敵領内で無力化してしまう。空母艦隊やミサイル攻撃に引き続き、強襲揚陸艦などに積載した海兵隊部隊を上陸侵攻させて海岸線の敵戦力を制圧すると、大規模な陸軍部隊を上陸させて敵地内部に向けて進撃する。このような流れがアメリカがイギリスから受け継いで発展させた現代米国版海洋防衛戦略原則の理想的シナリオというわけである。このような理想的シナリオを実現するために設定されている現代アメリカの制海三域は下記のようになっている。

現在のアメリカ国防戦略における『制海三域』

(1)前方制海域:紛争地域に近接する海域・敵領域に近接する海域
アメリカの国益に危害を及ぼす可能性のある紛争地域に近接した海域。あるいはアメリカへの軍事攻撃(アメリカ領域に対する侵攻というよりは世界中に展開しているアメリカ軍関係施設に対する攻撃)あるいは同盟国への侵攻を企てる敵の存在を察知した場合、敵侵攻戦力が行動を起こす前に敵地の敵軍に先制攻撃を加え敵の侵攻能力を撃破してしまうために航空母艦艦隊や強襲揚陸艦隊を展開させるための敵領域に近接した海域。この海域に可能な限り短時日で艦艇や航空機を送り込むために、米軍が自由に使える前進拠点が有用である。

(2)基幹制海域:航路帯や航空路の要所とりわけチョークポイント
アメリカ本土あるいは海外に設置した前進拠点から前方制海域にアメリカ艦隊や航空部隊を安全かつ迅速に展開させるために、使用する海上航路帯や航空路で敵対する相手方の戦力配置状況などに応じて、海上優勢や航空優勢を確実に維持することが必要な海域。とりわけチョークポイントと呼ばれる海域での軍事的優勢は常時確保できる態勢を整えている必要がある。

(3)後方制海域:海外重要拠点周辺海域
理論的にはアメリカ本土沿海域(東太平洋・西大西洋・カリブ海)やハワイ周辺海域それにアラスカ沿海域(北極海、ベーリング海峡、北太平洋、北大西洋)すなわちアメリカ領域沿海域が、最後に外敵の侵攻を食い止める後方制海域ということになるが、実際には、海外に点在させている重要海軍施設と重要航空施設と近接している海域が後方制海域と考えられている。すなわちアメリカ海洋戦力、敵海洋戦力はアメリカ本土からはるかに遠方の海洋上で撃破する態勢を維持しているのである。

<現在のアメリカの制海三域(太平洋・インド洋地域)>

§9:前方制海域と海外前進拠点
先制攻撃によって敵の対米攻撃能力を事前に破壊してしまうという方針は、かつてイギリス海軍がスペインやフランスの造船施設や港湾都市を襲撃したように「そもそも外敵が保持しているアメリカ攻撃能力を叩き潰してしまえば絶対に外敵によるアメリカ攻撃は不可能となる」という考えに基づいている。

場合によっては敵の海岸線から内陸の敵領土内に攻め込んで敵のアメリカ攻撃の芽を摘んでしまうという方針がアメリカの前方制海域には含まれている。したがって「制海」といっても敵地に侵攻しての地上戦闘をも想定しているため、海軍と共に活動する海兵隊もアメリカ海洋軍事力にとって重要な位置づけがなされている。

いずれにせよ、アメリカ海洋戦力(海軍、海兵隊、空軍)は世界中の紛争地域や、アメリカとその同盟国に敵対する勢力が支配する地域に近接し海域に航空母艦艦隊(現在米海軍では空母打撃群と呼称している)や強襲揚陸艦隊(現在米海軍では遠征打撃群と呼称している)を緊急展開させる態勢を固めている。

そのためには、常にアメリカ本土の海軍基地から艦艇や艦隊を出動させていたのでは時間がかかりすぎる。そこで米本土から大平洋や大西洋を渡った先に海軍の拠点を確保しておけば、かなりの時間の短縮が図れる。

たとえばイラン沖海域に空母艦隊が緊急展開する場合には米西海岸から出動すると10500海里ほどになり、ハワイのパールハーバーから出動した場合には9000海里以上の距離を急行しなければならない。ところが、米海軍が本拠地を保持している横須賀から出動すると6000海里強となりパールハーバーからの三分の二の時間で展開できることになるのである。

もし南シナ海の南沙諸島周辺海域に急行する事態が生じた場合、ワシントン州ブラマートンからの場合6500海里、パールハーバーからだと5200海里、そして横須賀からならば2200海里ということになる。

また、空軍でもアメリカ本土から爆撃機を発進させてイラクやアフガニスタンを空爆させアメリカ本土に帰還させるという連続40時間近いフライトの作戦を実施することもあるが、航空機の場合も海外に前進拠点を確保しておけば、緊急展開時間の短縮は計り知れないものがある。

<米海軍戦略環境>


しかしながら、アメリカの友好国はもとより同盟国といえども、アメリカの海軍基地や航空基地を自国領土内に永続的に設置させるのには(日本は数少ない例外であるが)極めて躊躇している。オーストラリアなどは外国軍隊がオーストラリア領土内に長期間にわたって駐留を続けることは憲法で禁止しているため、アメリカ軍がオーストラリア国内に海軍基地や航空基地を設置することは不可能だ。オーストラリアのみならず、多くの国々では、外国の軍隊が戦闘機や爆撃機を自国内から発着させることには極めて警戒している。そのため、アメリカ航空戦力の海外航空施設は限定的にならざるを得ない状況である。

また、海軍基地の場合でも、空母や駆逐艦といった軍艦のメンテナンスや修理を実施できる技術力を持った国に出なければ前進拠点を設置することはできない。そのような技術を有さない地点にどうしても拠点を設置したい場合は、莫大な資金を投入してアメリカ自身で本格的な軍港や麵天安ス施設を建設し運用しなければならない。そのため、理想の地点にできるだけ多数の前進海軍拠点を設置することも困難な状況と言わざるを得ない。

§10:アメリカに巨大陸軍が存在する理由
『海洋防衛戦略原則』によると、外敵は海洋で撃退してしまうため国内での本格的な地上防衛戦は想定されない。したがって、この鉄則に立脚しているアメリカには強大な陸軍は必要ないことになる。

実際にアメリカ国防当局は、隣国メキシコとカナダから軍事侵攻がなされることは全く想定しておらず、そのような軍事的準備や訓練はなしていない。また、太平洋と大西洋を越えて接近せざるを得ない外敵海洋戦力に対しては制海三域を維持するための精強な海軍と空軍を保持しているが、それらの外敵が上陸侵攻しアメリカ領域内で“本土決戦”が戦われる事態は想定していない。

しかしながら、現在のアメリカ陸軍は、兵力およそ50万で州軍将兵と予備役将兵を合わせた総兵力は100万ほどになり、主力戦車もおよそ6千輛といった具合に、きわめて強大な戦力を維持している。

アメリカ本土での地上防衛戦を想定していないにもかかわらず、アメリカが質量共に強力な陸軍を維持しているのは、前方制海域である敵の沿岸域よりもさらに向こう側の敵領土内でアメリカ防衛戦の決着をつけようとしているからである。

実際に、湾岸戦争やイラク戦争ではイラク領内に攻め込みアメリカの国益に対する軍事的脅威を敵国領内で叩き潰してしまった。そのため、アメリカ陸軍は外国に派遣されての各種作戦を前提として編成され、訓練が施されている。

この他、アメリカに直接的な軍事脅威を与えない軍事紛争にも、アメリカの国益を維持するために軍隊を送り込む。いわば外交のツールであるが、陸軍はこのような役割を果たすためにも頻繁に出動している。

このような理由に基づき、自国領土の防衛のためには不必要とも言えるほど強大すぎる陸軍力が、アメリカの国益の伸長と維持のために維持されているのである。

    “征西府” 北村淳 Ph.D.

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