尖閣諸島の米軍射爆撃場の使用を再開すべきであるという愚策 [2024/12/16]

アメリカ軍は尖閣諸島に射爆撃場を2箇所設置しているが、1978年以降アメリカ政府は射爆撃場の使用を控えさせている。極東方面において、中国海洋軍事力がアメリカ海軍力を凌駕しつつある現状を踏まえて、アメリカ軍内外の対中強硬派の中からは、尖閣諸島射爆撃場の使用を再開して中国を牽制するべきであるとの声が上がっている。しかしながら、射爆撃場使用の再開は、日中間の軍事的緊張を高めることにより日本をアメリカの軍事的属国状態に置いておくというアメリカの国益を高めることにはなるものの、日本の国益には利さない愚策である。日本は「自国の領土領域は自分自身で守り抜くという」独立国にとって当然の覚悟を取り戻し、その第一歩として尖閣自主防衛策を実施するとともに、自主防衛能力の強化に邁進しなければならない。

久場島(黄尾嶼射爆場)と大正島(赤尾嶼射爆場)の位置(原本は海上保安庁作成;青字はアメリカ軍訓練海域の米軍呼称)

アメリカが日本を占領していた1948年には私有地である久場島がアメリカ軍の射爆撃場(黄尾嶼射爆撃場)に指定され、1956年からはアメリカ軍は大正島(国有地)も射爆撃場(赤尾嶼射爆撃場)として使用を開始した。これらの射爆撃場はアメリカ軍機やアメリカ艦艇により爆撃や艦砲射撃の標的とされていた。当時、極東に展開するアメリカ海軍では、尖閣諸島射爆撃場での砲撃訓練を年に2回実施することが義務付けられていたのであった。

1972年5月15日、アメリカは沖縄を日本に返還したが、同日、日米合同委員会において久場島と大正島の米軍射爆撃場をそのままアメリカ軍が使用することに日米両政府が合意することが決定された。そのため、沖縄返還後もアメリカ海軍による射爆撃場の使用は継続された。しかしながら、米中国交正常化(1978年12月15日の共同声明で合意)の動きを踏まえて、1978年6月以降アメリカ海軍による黄尾嶼射爆撃場ならびに赤尾嶼射爆撃場の使用をアメリカ政府は許可していない。

このように射爆撃場使用停止状態は46年以上にわたって続いているのであるが、アメリカ政府が使用停止を決定したのは、尖閣諸島を巡る日中領有権紛争にアメリカが巻き込まれるのを回避することがアメリカの国益である、という理由であったことが1979年11月に米国務省、在日米大使館ならびに在中米大使館の間でやり取りされた一連の公電によって明らかになっている。

アメリカが名実ともに世界最強の海軍力を擁していた一方で中国は近代海軍と呼ぶには値しない程度の弱体な海軍力しか保持していなかった1978年当時は遥か昔の話となり、現在は空母戦力でこそアメリカ海軍は中国海軍を圧倒しているものの、その他の海洋戦力や造船能力では中国海軍に追い越されてしまった状態をアメリカ海軍自身が認めている。その空母戦力といえども、世界最大最強の接近阻止戦力を有する中国軍に対して差し向けるのは自殺行為であるとの警告が米海軍内外から上がっているのが現状だ。

このような海洋戦力バランスの劇的な変化に直面している現在、アメリカ海軍内外の一部対中強硬派の人々(そして結果的には「日本をけしかけて中国と軍事的に対決させてアメリカ軍にとっての胸壁として用いようと画策する」人々ということになる)から、ぜひとも第二次トランプ政権によって尖閣諸島射爆撃場の使用を再開させて対中圧力を強化すべきであるとの声が上がり始めているのである。

もっとも以前から日本においても、アメリカ政府にアメリカ軍による大正島と久場島の射爆撃場の使用を再開してもらい、米軍とともに自衛隊もこれらの射爆撃場を用いて日米共同訓練を実施し中国側の尖閣領有権主張に対抗すべきである、といった意見も存在している。これは、大統領をはじめとするアメリカ政府高官がしばしば口にする「尖閣諸島は安保条約第5条の適用範囲内にある」といった対日リップサービスに飽き足らず、何らかの行動をもって日本防衛の姿勢を明らかにしてほしいという願望の顕れと考えられる。

もしアメリカの対中強硬派によるトランプ政権への働きかけが実ってアメリカ政府がアメリカ海軍による尖閣諸島の射爆撃場の使用再開を許可した場合、すでに日本側から声が上がっていることを理由として、日米共同訓練を持ちかけることは間違いない。

アメリカ海軍だけが尖閣諸島の射爆撃場に爆弾やミサイルや砲弾を打ち込み始めたら、アメリカは尖閣諸島の領有権を主張している中国からの猛烈な反発の矢面に立ってしまう。しかしながら、自衛隊もともに射爆撃訓練に参加したならば、アメリカだけが矢面に立つことが避けられる。というよりは、中国側の怒りと憎しみはアメリカ以上に日本に向けられることは必至である。

そもそも、アメリカ海軍内外の対中強硬派が尖閣諸島射爆撃場の使用を再開することによって対中牽制を強化せよと主張しているものの、現在の中国軍海洋戦力とりわけ接近阻止戦力のレベルから判断すると、米軍による尖閣諸島での射爆撃訓練など中国側にとっては“屁の突っ張りにもならない”ことは百も承知である。これらの人々の真意は、中国側を挑発するとともに、緊張高まる尖閣諸島に自衛隊を引き釣り込んで中国側の対日敵意を増幅させ、日中間により深刻な軍事的緊張を生じさせることにあるのだ。

その結果、自主防衛努力の意思に欠けている軍事弱国日本はアメリカにますます頼るようになり、日中間の軍事的対立関係が継続している間は、日本はアメリカの軍事的属国であり続けるのである。すなわち、アメリカはアメリカの軍事的都合に基づいて日本の必要な場所を利用することが日本政府により保証され続けるし、日本政府はアメリカから捨てられないようにとアメリカ製高額兵器類を進んで購入し続けることになるのである。

このように、あたかもアメリカ軍が尖閣諸島射爆撃場の使用を再開することは、中国の尖閣領有権の主張を牽制して日本を軍事的に支援するようにも宣伝されうるが、そのような効果を期待してはならない。自国領土の主権は自分自身で守らなければならず、同盟国であろうが友好国であろうが他国に頼ったならば、必ず主権の維持は難しくなってしまうのだ。

日本自身の海洋軍事力を中国海洋戦力と対峙できるレベルまで飛躍的に強化して、大正島で自衛隊自身が単独で射爆撃訓練を実施するのであるならばともかく、アメリカの旗の下に身を隠しつつアメリカ軍とともに共同訓練を実施することによって、日本の尖閣領有権を維持していこうなどという姑息な態度は、まさに属国根性丸出しのものであって、厳に排除しなければならない。

尖閣諸島の問題に限らず、日本の国防を原則として自立的に実施できるだけの強力な海洋軍事力を身につけるのは、アメリカの軍事的属国に甘んじ続けるのに比べれば、比較にならないほどの難事と言えよう。しかしながら、そのようにして自国の軍事的独立を維持しようと努力している国だけが真の独立国として存続できるのが国際社会の現実なのである。

日本政府はアメリカに尖閣諸島を守ってもらおうなどという考え方は綺麗サッパリ捨て去り、まずは日本自身が現実的に実施可能な尖閣防衛策を実施するとともに、アメリカの軍事的属国から離脱するための効率的な自主防衛力の構築(拙著「米軍最強という幻想」参照)に直ちに着手する必要がある。

    “征西府” 北村淳 Ph.D.

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