トランプ大統領により任命された新アメリカ海軍長官ジョン・F・ファラン氏が日本と韓国を訪問した。訪問目的は、日本と韓国の造船会社にアメリカへの協力を要請するためである。海軍長官は民間人が任命されるポストであり、アメリカ海軍(トップは海軍作戦部長)とアメリカ海兵隊(トップは海兵隊総司令官)を指揮する海軍の最高責任者である。
アメリカ海軍の総責任者が就任早々日本と韓国に自ら赴き両国の防衛責任者だけでなく民間造船所までも訪問し、世界第2の造船大国韓国と世界第3の造船大国日本に造船分野における各種協力を要請したのは、アメリカ海軍が現在直面している弱体化の最大要因は、アメリカ自身の造船能力が悲惨な状態に陥っているからである。
かつては強大な造船能力を誇っていたアメリカの現在の造船能力は極めて規模が縮小(世界的に見ると縮小というよりは消滅に近い)してしまった。造船量を総トン数(2023年)で比較すると中国が全世界の造船量の53.3%、韓国が29.1%、日本が13.3%、日中韓以外の諸国の合計が4.4%となっており、アメリカはわずか0.1%という状態である。
これらの造船量には民間船舶も軍艦も共に含まれているが、アメリカでは大型タンカーや大型貨物船などの建造はほとんど途絶えている。大型空母や原子力潜水艦など世界に誇ることができる軍艦の建造は継続されてはいるものの、その建造スピードは年を追って減速してきており、中国の軍艦建造スピードはアメリカの5倍以上に達している。
造船能力の低下は、新たな軍艦の建造だけでなく、大小の修理や定期的メンテナンスなどの遅れという問題も生じている。アメリカ海軍艦艇の定期的メンテナンスは原則として海軍が直轄している海軍造船所で実施されている。

現在、海軍造船所は、ノーフォーク(ヴァージニア州)、ポーツマス(メイン州)、ピュージョットサウンド(ワシントン州)、パールハーバー(ハワイ州)の4箇所に縮小されており、このほか第7艦隊の本拠地がある横須賀海軍施設でもメンテナンス業務や修理作業が実施(住友重機械工業マリンエンジニアリングが請け負っている)されているが、横須賀以外の造船所では数ヶ月以上の作業遅延が積み重なっており、海軍の作戦にも大きな影響を及ぼしている。
たとえば、ウクライナ戦争が勃発した際にも、通常(アメリカが参戦しようとしまいと)紛争勃発地周辺に緊急展開して不測の事態に備えることになっているアメリカ海兵隊が出動しなかったのであるが、出動しなかったのではなく、出動できなかったのである。なぜならば強襲揚陸艦や輸送揚陸艦などのメンテナンス作業が大幅に滞っていたため、海兵隊部隊を積載して緊急出動させるための軍艦がなかったからである。
戦闘に用いる軍艦だけでなく、補給や輸送をはじめとする各種支援活動に用いる海軍補助艦船のメンテナンスや修理そして建造作業のスピードと質も大幅に低下している。そして、大規模場な戦争(たとえば米中軍事衝突)が勃発した場合には、軍艦や補助艦艇以外にも、民間の貨物船やタンカーなども兵站活動に組み込まれて重要な役割を果たすことになるのであるが、そのような民間船舶の建造もアメリカでは消滅に近い状態になっており、造船能力と連動するように海運能力でもアメリカは極めて弱体化しており、世界のトップ50海運会社に入いっているアメリカ企業はわずか2社(2024年、19位 Matson、37位 Dorian LPG)だけという状態だ。
シーパワーと呼ばれる広義の海軍力は、軍事組織としての海軍の戦力(狭義の海軍力)と造船能力と海運能力の総合力である。「偉大なアメリカの再興」を掲げているトランプ大統領は、そのために最も重要な「最強のアメリカ海軍の復活」をも推進しようとしている。これは第一次トランプ政権下でも同じであり、その際には「355隻艦隊の建設」を法令化した。
しかし、第二次トランプ政権は「最強のアメリカ海軍の復活」というのは単に海軍という軍事組織の再建を企てるだけでは達成することなどできず、シーパワー全体をとりわけ消滅状態に近い造船能力を復活再生させなければ「話にならない」ことをはっきりと認識したようである。そのため、トランプ大統領は盛んに「偉大な造船力の再建」を機会あるごとに口にしている。
ただし、実際にアメリカ造船業界の再活性化に取り組もうと手を付けただけで、あまりもの惨状に尋常な手段では推進不可能ということが(これは以前から海軍戦略家たちは繰り返し指摘してきたのだが)白日のもとにさらされたのである。
造船業を復活させるとともに海軍力(狭義の)を再興するには四半世紀はかかると言われているくらい時間のかかる作業である。共産国家中国のように国家資源を集中的に造船能力や海軍力の再建に投入することができたとしても10年以上必要なことは確実だ。
しかしながら、中国との対決へ自ら舵を切っているアメリカとしては、それも海軍戦力の数多くの分野で中国海軍に追い抜かれてしまっているアメリカとしては、10年もの時間的余裕はない。そこで窮余の策としてトランプ政権が用いようとし始めたのが「同盟国の造船能力の活用」である。
具体的には世界第二の造船大国でありかつアメリカへの造船分野での投資や進出を積極化している韓国と、世界第三の造船大国である日本、という東アジアの2つの同盟国の造船能力を「中国の脅威を跳ね返すための同盟の強化」という表看板を掲げて、アメリカの造船能力の再生そして海軍力の再建に取り込もうとしているのである。今回のファラン海軍長官の日本と韓国訪問は、まさにトランプ政権による日本と韓国の造船能力活用戦略を推し進めるための第一歩と言える。
アメリカの造船再建のための具体的方策、ならびに日本がトランプ政権による造船分野での協力要請にどのように対処すべきか、については本コラムにおいて引き続き論ずることとする。