海洋国家とは?(08)国防戦略の分類

地理的、経済的、国際政治的な諸与件に鑑みると、海洋国家として国際社会を生き抜かなければならない日本の国防は、重武装永世中立主義に立脚するべきであると〝征西府〟は考えている。その根拠を議論するにあたって、まず明らかにしておかなければならないのは、海洋国家という語の概念である。というのは海洋国家という語を単に「海に囲まれている国」といったふうに理解していたのでは、海洋国家の国防を論ずることができないからだ。本小冊子では海洋国家についての社会科学的定義を記述する。

国防戦略の分類

海洋国家は軍事攻撃を仕掛けられる可能性の経路によって島嶼海洋国家、疑似島嶼海洋国家、交易的海洋国家に分類することができるが、このような軍事的分類は同時に島嶼国家の基本的国防戦略の分類にもなっている。

ただし、全ての海洋国家は自国の存立を左右する海洋交易の安全を確保しなければならないため、ここで対象とする国防戦略とは「国民国家を外敵の軍事攻撃から防衛するための戦略」すなわち広義の国防戦略ではなく「国土を外敵の軍事攻撃から防衛するための戦略」すなわち狭義の国防戦略ということになる。

ちなみに全ての海洋国家が必要とする自国の海洋交易を防衛するための戦略を海洋交易防衛戦略と呼称するならば、
海洋国家にとっての広義の国防戦略=狭義の国防戦略+海洋交易防衛戦略
ということになる。以下本節における国防戦略とは狭義の国防戦略、すなわち「国境(海洋上あるいは陸上)の内側にある我が国の領域を外敵に楯鱗されないようにするための戦略」を意味する。

陸上国境が存在しないため経陸脅威が全く存在しない島嶼海洋国家では、海洋とその上空を経由して我が国土に接近してくる外敵から自国の領域と国民の生命財産を防衛するとともに、やはり海洋とその上空を経由して我が海洋交易に危害を加えようとする外敵から国家の存立を左右する海洋交易の安全を確保することが防衛戦略の目的ということになる。

ようするに、島嶼海洋国家では自国の領域と海洋交易に向けられる経海脅威と海洋上空の経空脅威を撃退するために、どのような内容や規模の海洋軍事力を構築し維持するべきかを規定するとともに、それらの戦闘能力や兵站能力をいかに用いるのかを規定するための基本方針である海洋防衛戦略がすなわち国防戦略ということになるのである。

一方、陸上国境を有する交易的海洋国家では、経海脅威と海側からの経空脅威に対処するとともに、陸上国境線側からの経陸脅威ならびに経空脅威からも自国の領域と国民の生命財産を防衛しなければならない。また海洋国家である以上、国家の存立を左右する海洋交易の安全を確保しなければならない。

ようするに交易的海洋国家では、島嶼海洋国家と同じく海洋防衛戦略だけでなく、陸上国境方面からの経陸脅威と陸上国境線側からの経空脅威を撃退するためにどのような内容や規模の海洋軍事力を構築し維持するべきかを規定するとともに、それらの戦闘能力や兵站能力をいかに用いるのかを規定するための基本方針である陸上防衛戦略(陸上における防衛戦のための戦略という意味ではなく、陸上国境側から侵攻してくる外敵の軍事攻撃へ対処するための戦略という意味)という、性格の異なる防衛戦略を抱き合わせた形の国防戦略が必要となるのである。

疑似島嶼海洋国家の場合には、陸上国境で接している隣国からの軍事攻撃の可能性がほとんどないため海洋防衛戦略を国防戦略そのものと考えることも可能であるが、ゼロに近い可能性への準備として陸上国境側からの脅威に対処するための陸上防衛戦略を構築しておくことは全く無駄というわけではない。

島嶼海洋国家: 国防戦略=海洋防衛戦略
疑似島嶼海洋国家: 国防戦略=海洋防衛戦略(+陸上防衛戦略)
交易的海洋国家: 国防戦略=海洋防衛戦略+陸上防衛戦略

海洋防衛戦と陸上国境防衛戦との相違

海洋から迫りくる経海脅威と経空脅威を海洋上で撃退するための海洋防衛戦略と、陸上国境に殺到してくる経陸脅威と経空脅威を撃退するための陸上防衛戦略では〝防衛戦の余裕〟が大きく相違している。

陸上防衛戦略においては、国境線を突破されたならば自国の領域内での戦闘ということになり防衛戦の勝敗にかかわらず自国民の生命財産には甚大な被害が生ずることは避けられない。これは経陸脅威のみならず国境方面からの経空脅威の場合でも、自国の領空内に敵戦力が侵入した直後から、自国民の上空を敵航空機が飛び回ることを意味している。

したがって、国境線という「線」を挟んでの攻防により幕を切って落とされる陸上国境防衛戦では、程度の差はあるものの敵侵攻軍が自国領内を踏み荒らすことは想定内の状況であり、可能な限り敵が侵攻してくる範囲を狭く留めることが陸上防衛戦略の主題である。

また、国境線を挟んでの攻防で敵侵攻軍を撃破した場合、敵の反撃を阻止するためにもそのまま国境線を踏み越えて隣国領内に敵軍を追撃し撃破するといった「防衛のための侵攻」も陸上防衛戦には織り込み済みの事態である。敵国民から見ると「防衛のための侵攻」は侵略とも捉えられかねないため、防衛戦と侵略戦は紙一重ということになる。

陸上国境という線を挟んでの攻防ということになる陸上防衛戦とちがって、海洋防衛戦略が扱う海洋での防衛戦は、線を巡ってではなく帯あるいは面とも表現しうる幅広い海域を挟んでの攻防ということができる。

国連海洋法条約によると、世界中の海洋は沿岸国の海岸線(厳密には基線と呼ばれる領海設定のための基準線で海岸線と完全に一致するわけではない)を基準として領海、接続水域、排他的経済水域、公海などに分類されており、陸上国境に類似した概念上の海の国境線が沿岸国の海岸線から12海里の沖合に概念的に引かれた領海線ということになる。領海線の内側(沿岸国の海岸線側)すなわち領海内は、沿岸国の完全なる主権下にある領域ということになる。

このような海洋の分類を用いると、自国の海岸線沿岸の自国の領海、その外側の自国の排他的経済水域、更にその外側の公海、公海の先に横たわる外敵の排他的経済水域、そして外敵の領海、といった広大な海域のいずれかにおいて決着をつけるのが海洋での防衛戦ということになる。ようするに、国境線を突破されたならば直ちに自国の領土内が戦場と化してしまうという「全く余裕がない」陸上国境での防衛戦と違って、海洋での防衛戦は多くの場合「ある程度の余裕を持ちながら」外敵を防ぐことが可能ということになる。

ただし、外敵を迎え撃つ海域が自国の海岸線に近ければ近いほど、「余裕」がなくなってしまう。そのため、可能な限り自国の海岸線から遠方の海域で外敵を撃退しようとするのが海洋防衛戦略の常道である。とはいっても、自国と外敵の間に横たわる海域の広さ、自国と外敵の海洋軍事力の強弱、によって防衛戦の位置を自国の海岸線から遥かに遠方に押し出すこともあれば、それほど遠方に設定できない場合もある。

かつて戦火を交えた日本とアメリカの間には、太平洋という広大な海域が横たわっており、東京湾口沖合からサンディエゴ軍港沖合までおよそ4900海里(9060km)、東京湾口沖合からホノルル真珠湾軍港沖合まで3360海里(6200km)も離れている。ただし、そのように広大な海域が存在するからといっても、むやみに遠方で迎撃することは現実には困難である。なぜならば、長距離進出して戦闘するだけの海軍部隊や航空戦力を構築し維持するのは技術的にも経済的にも極めて負担が大きいだけでなく、迎撃海域が遠方になればなるほど展開する戦力への補給は困難さを増すからである。

一方、中国と台湾の間に横たわる台湾海峡はおおよそ100海里(190km)前後で最短部分が70海里(130km)と狭小な海域である。同様にかつてしばしば戦火を交えていたイギリスとフランスやオランダやスペインなどのヨーロッパ大陸との間は80海里から50海里程度の幅の海峡部で隔てられており最短部分であるドーバー海峡はわずか18海里(33km)にしか過ぎない。このように海洋防衛戦の海域が狭小な場合でも、陸上国境のように線を挟んでの攻防ではないため、若干ながらも余裕が存在しているのである。また、自国海岸線に敵侵攻軍が近づけば近づくほど沿岸域から敵侵攻軍に対しての直接攻撃も可能になるというメリットも生ずる。

海洋防衛戦は余裕を持って戦えると言っても、当然のことながら、海洋を押し渡って自国に接近してくる敵の海洋戦力をいずれかの海域で迎え撃つための海洋戦力を保持していなければ、外敵はいきなり我が海岸線に押し寄せてくることになり、陸上国境線を巡る陸上防衛戦と同じになってしまう。したがって、海洋国家が海洋軍事力を軽視するということは海洋国家が有している「防衛戦の余裕」を自ら放棄してしまうことを意味しているのである。

とはいっても、島嶼海洋国家の場合は海洋軍事力構築に多大なる防衛資源を投入することが可能であるが、交易海洋国家の場合、陸上国境で接している隣国との関係によっては陸上軍事力の構築維持に多大な努力を注がねばならなくなってしまう。このような場合には海洋軍事力の整備がおろそかにならざるを得ない。そのため、交易海洋国家が強大な陸上軍事力とともに強力な海洋軍事力を保持するのは難事業とみなされているのである。

逆に言えば、島嶼海洋国家は、海をわたって大陸に軍隊を派遣して勢力拡大を図ろうとしない限り、極言すれば防衛資源の全てを海洋軍事力に回すことすら可能であるという点では、極めて有利な地形的与件を手にしているということになる。

    “征西府” 北村淳 Ph.D.

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