〝征西府〟は日本の国防は重武装永世中立主義に立脚するべきであると考えている。その第一の根拠は、日本の国防原則は海洋国家の国防原則に遵わねばならないからである。そこでまず明らかにしておかなければならないのは、「海洋国家」という語である、というのは海洋国家という語を単に「海に囲まれている国」と言ったふうに理解したのでは海洋国家の国防を論ずることができないからだ。本小冊子では「海洋国家」についての社会科学的定義を記述する。
航空機が海洋での戦闘に投入される以前は海洋における戦闘は艦船対艦船を主としており専ら海軍の担当であったが、現在は各種航空機のみならず内陸奥深くから発射するミサイルで敵艦艇を攻撃する戦力も海洋での戦闘に加わることになるため、海洋軍事力は海軍力と同義語ではなくなっており、空軍はもとより陸軍の一部も海洋軍事力の構成要素となっている場合も少なくない。2025年現在において、日本、アメリカ、中国ではどのような軍事組織が海洋軍事力とみなされるのかを垣間見てみることとする。
【日本の場合】
日本の海洋軍事力は、海上自衛隊全体と航空自衛隊の大半それに陸上自衛隊の一部で構成されている。ただし、第二次世界大戦での敗北以降80年にもわたってアメリカの軍事的属国状態が続いているため、海洋軍事力に限らず軍事力そのものの構成と運用を規定する基本的戦略を日本自身で日本防衛を最優先させて構築しているとは言えない。
海上自衛隊:
日本周辺海域に侵攻を企てる外敵の海洋戦力(軍艦・軍用機・長射程ミサイル)を監視し場合によっては撃退すること、ならびに日本近海の海上航路帯での日本の海上交易の安全を確保すること、を主たる任務とする海上自衛隊は、海上と海中での戦闘のための各種艦艇、海上での兵站活動を実施するための各種補助艦船、海洋上空から敵の艦艇や船舶の動きを警戒監視するための航空戦力を保有しており、海洋軍事力の中核をなしている。
航空自衛隊:
日本領空に侵攻を企てる外敵航空機を監視し場合によっては撃退することを主たる任務とする航空自衛隊が作戦行動する日本周辺上空はすべて海洋上空である。したがって航空自衛隊の全ての戦闘機、警戒監視機は日本の海洋軍事力の主たる航空戦力ということになる。
また航空自衛隊の戦闘攻撃機には強力な対艦攻撃力(空対艦ミサイル)が備わっており、日本了戒に接近を企てる外敵の艦船を撃破する能力を保持している。加えて、航空自衛隊の地上戦闘部隊である高射部隊が装備している地対空ミサイル(PAC-2、PAC-3)は、海洋上空で敵航空機や敵長射程ミサイルを迎撃する場合も十二分に想定されるため海洋軍事力の戦力とみなすことができる。
陸上自衛隊:
アメリカの軍事的属国であるがゆえに海洋国家としての軍事戦略から逸脱した状態で成長してきた陸上自衛隊にも、海洋国家の防衛に有用な海洋軍事力を構成する組織が存在する。筆頭に挙げられるのが地対艦ミサイル連隊である。日本領海に侵攻してくる外敵の艦船を国産の高性能地対艦ミサイルシステムによって撃破する地対艦ミサイル連隊はまさに海洋での戦闘を任務とする地上部隊である。
また高射特科団が装備している中距離地対空ミサイルは、海洋上空で外敵の航空機やミサイルを撃破する可能性もあり海洋軍事力の戦力とみなすことができる。最後に、アメリカ海兵隊の働きかけが原動力となって誕生した水陸機動団は海洋から海岸線に接近して海岸市域での地上戦闘を実施する能力を保持しており、アメリカ海兵隊同様に海洋軍事力を構成する地上戦力ということになる。
このように、陸上自衛隊の地対艦ミサイル連隊、高射特科団、水陸機動団は海洋軍事力とみなすことができる。
【アメリカの場合】
19世紀末から海洋国家としてイギリスに続く大国にのし上がってきたアメリカは、第二次世界大戦後には第一次世界大戦と第二次世界大戦を通して国力を消耗したイギリスに取って代わって世界最強の海洋国家の座についた。引き続いて、アメリカに挑戦していたソ連を米ソ冷戦の勝利によって退けると、アメリカ海軍は世界最大最強の海軍とみなされるに至った。
ところが、21世紀に入ってイラク、アフガニスタン、そして国際テロ集団との長期に渡る戦争(地上での戦闘)に突入すると、競合する海軍が存在しなくなっていたことも相まって、海洋国家としての意識が薄れてしまい、海洋軍事力の増強を怠り、海運力と造船力については急速に弱体化させてしまった。
とはいっても未だに海洋軍事力のうちの戦力に関しては世界的にはトップレベルを外見的には保っているが、軍艦の建造能力や軍艦や航空機の修理メンテナンス能力と言った兵站力のうちの狭義のロジスティックス能力が極度に弱体化しているため、海洋軍事力全体が大きくガタつき始めている。
アメリカ海軍:
第一次世界大戦と第二次世界大戦を経てイギリス海軍が衰弱し、第二次世界大戦では日本海軍を壊滅させ、米ソ冷戦でソ連海軍を葬り去ったため、20世紀末にはアメリカ海軍に対抗しうる海洋軍事力は地球上から消滅し、まさにアメリカ海軍は世界最強と自他ともに認められるに至った。そのような経緯においてアメリカ海軍の中心となったのが航空母艦を基幹とする海洋航空戦力であり、現在もアメリカ海洋軍事力の主力とみなされている。
その空母戦力を中心とするアメリカ海軍は、世界中の海洋において軍事的優勢を保つこと、自国と同盟国の海洋交易の安全を確保すること、世界中の紛争地域に海兵隊部隊を海洋から送り込むこと、世界中の紛争地で戦闘中のアメリカ軍地上部隊を海洋からミサイルや航空機それに補給活動によって支援すること、などを主たる任務としている。
それらの任務を果たすために、アメリカ海軍はアメリカ東海岸、西海岸、そしてハワイの軍港ならびに軍事的属国である日本に設置した前方展開軍港から世界中の海洋に急行するための攻撃原子力潜水艦、外洋型水上戦闘艦、航空母艦、水陸両用艦、戦闘補給艦などの軍艦を取り揃えているとともに、航空母艦や水陸両用艦を母艦とする戦闘機や警戒機や輸送機やヘリコプターなどの航空戦力も保持している。
アメリカ海軍はこれらの通常の海洋軍事力に加えて、敵国に対する先制核攻撃あるいは報復核攻撃のために核弾頭搭載大陸間弾道ミサイルを積載した戦略原子力潜水艦を運用している。戦略原子力潜水艦部隊は、海洋軍事力ではなく核軍事力の構成要素となっている。
アメリカ海兵隊:
アメリカの国益を守るために世界中の紛争地域にアメリカ軍の尖兵として緊急出動するのを主任務とする海兵隊は、多くの場合アメリカ海軍水陸両用艦(強襲揚陸艦、輸送揚陸艦)や航空母艦に積載されて海洋から沿岸域に着上陸して橋頭堡(後から送り込まれてくる陸軍部隊などの前進拠点)を確保することを主たる任務としている。
そのため陸上戦闘部隊とはいえ、海軍艦艇で世界中に急行する能力を有し、自ら戦闘攻撃機や輸送機やヘリコプターなどの航空戦力も保持しており、海上の揚陸艦や航空母艦から発進して地上で戦う部隊を航空支援する能力に秀でている。
しかしながら、対艦レーダーならびに地対艦ミサイルや対艦弾道ミサイルが飛躍的に発展した結果、目的地沖の水陸両用艦や空母から沿岸に接近するのが極めて危険になってきたため、伝統的な海兵隊の作戦行動は困難となってしまった。そのため21世紀型海兵隊の作戦として、敵地に接近した島嶼などに緊急展開して地対艦ミサイルによって敵艦船を攻撃して海軍の作戦行動を支援するといった海洋戦力を構築している。
アメリカ空軍:
アメリカ空軍はハワイを含むアメリカ国内や属領であるグアムや軍事的属国内である日本に設置してある航空基地のみならず、世界各地の同盟国や友好国の領内に確保してある地上航空基地を発着する各種航空機を運用し、アメリカの国益確保と伸長のために世界中に展開して戦闘を交えるアメリカ軍部隊や同盟国軍部隊を支援(上空の敵機を撃墜したり、地上の敵軍を爆撃したり、自陣営に補給したりする)することを主たる任務としている。ただし、場合によっては敵艦船を攻撃することもあるため、対艦攻撃力を有する攻撃機も保有しているので、その限度において海洋軍事力の構成要素ということができる。
アメリカ沿岸警備隊:
国際的には沿岸警備隊は法執行機関とされているが、アメリカにおいてはアメリカ沿岸警備隊は軍隊の一つと規定されている。ただし他の軍隊(海軍、海兵隊、陸軍、空軍、宇宙軍)が国防総省の管轄下に置かれているのと異なり沿岸警備隊は国土安全保障省の管轄下にあり、平時においては基本的には法執行機関としての活動をしている。
しかし戦時には、アメリカ沿岸警備隊はアメリカ海軍の指揮下に組み込まれ、海軍の一部として作戦行動させることができると法定されている。実際に、第二次世界大戦中には海軍に組み込まれ輸送船団護衛任務などの危険な作戦を実施した。たとえば、1943年2月、アメリカ沿岸警備隊カッター「キャンベル」は大西洋で輸送船団護衛中にせん断襲撃のために接近してきたドイツ潜水艦U-606に体当り攻撃を敢行、自身も損傷を受けたものの引き続いて銃撃と爆雷攻撃を実施した。結局大損傷を受けたU-606は自沈するに至った。
このように、アメリカ沿岸警備隊も、平時においては法執行機関としての活動に限定されているが、戦時においては海軍に組み込まれて海洋軍事力の一翼を担うことになる。
【中国の場合】
伝統的な地政学では中国は海洋国家と対をなす大陸国家の典型例とされていた。しかし〝征西府〟の定義によるならば、中国には14の国々との陸上国境線のみならず長大な海岸線を有しているため、海洋交易により国民経済を発展させるために海運力と造船力そして海洋軍事力を手にすることにより海洋国家という側面を持つことも十二分に可能である。
1949年の建国以来40年近くにわたって近代海軍と呼ぶに値する軍事力も、国際水準を上回るレベルの海運力や造船力も保有していなかった中国であったが、1980年代に入ると鄧小平が海洋国家を目指して富国強兵を図る海洋国家政策を強力に推し進め、海洋軍事戦略を策定して近代的海軍力の建設に邁進し始めた。
この海洋国家政策と海洋軍事戦略はその後の政権交代においても堅持され、2010年を過ぎた時期には中国の海洋軍事力はアメリカ海軍などの対中戦略家からは脅威とみなされる程度に強力になってきた。その後も中国は、海運力、造船力、海洋軍事力という海洋国家の三要素全てに国力を注ぎ続けた結果、2025年時点において、造船力では圧倒的に世界一、海運力でも世界の五指に入り、海洋軍事力においても軍艦保有数ではアメリカを上回り、いくつかの戦力においてもアメリカを凌駕するまでに立ち至っている。
したがって、伝統的地政学の“理論”とは全く異なり、中国はまさに最強の海洋国家となりつつあるのである。
中国人民解放軍海軍:
中国沿海域に侵攻してくるアメリカ海洋戦力とアメリカの同盟軍をできるだけ遠方海洋で撃破することを目標に据えて中国人民解放軍海軍(以下、中国海軍)は構築を続けている。その戦力強化状態に応じて「できるだけ遠方海洋」の海域は中国沿岸から次第に遠方へと遠ざかりつつある。また、海洋国家化の進展とともに、中国海軍は世界中の海洋で中国の海洋交易を保護できる能力の構築も推し進めている。
これらの主要任務を実施するために、中国海軍は量的には世界最大の海上戦闘艦艇を保有するとともに、攻撃原子力潜水艦と攻撃潜水艦、も多数保有し、遠洋での作戦実施のための戦闘補給艦や輸送艦も充実させている。また、航空母艦の配備も開始され、海洋航空戦力も保有している。それとともに、沿岸域から発進して敵艦船を撃破する爆撃機や攻撃機も独自に運用している。
中国は核保有国であるため、中国海軍は海洋戦力とは別に核戦力として、報復核攻撃のための核弾頭搭載大陸間弾道ミサイルを積載した戦略原子力潜水艦を運用している。
中国人民解放軍空軍:
中国人民解放軍空軍(以下、中国空軍)は中国領空に接近してくる敵航空機を迎撃することを主任務としているが、陸上国境で隣接している14カ国の上空からの敵航空戦力の侵攻よりも、海洋側からの敵(アメリカ軍とその同盟軍)航空戦力の侵攻の危険性のほうがより高いため、沿岸域方面での航空戦力のほうがより充実している。
海洋側から侵攻を企てる敵航空戦力は、先ずは海軍の海洋航空戦力や水上艦艇などによる接近阻止網で捕捉することになるが、それを突き破って中国沿岸域上空に接近して切ってき航空戦力は、空軍戦闘機によって沿岸海域上空で撃破することになる。また、海軍による敵艦艇の接近阻止作戦を補強するため空軍爆撃機からも対艦ミサイルによって敵艦船を攻撃する。このように、中国空軍は海洋軍事力の一翼を担っているのである。
中国人民解放軍ロケット軍:
かつて第二砲兵隊と呼ばれていた中国人民解放軍ロケット軍は弾道ミサイルと長距離巡航ミサイルを運用する軍隊である。常にアメリカ軍の軍事侵攻を念頭に置いて軍備の充実を図ってきている中国軍は、かつては圧倒的に劣勢であった海軍戦力の増強には時間がかかるため地上からミサイルによって接近してくるアメリカ軍艦を撃破する方策に努力を傾注した。その結果地対艦ミサイル戦力が著しく充実するに至った。地対艦ミサイルは通常亜音速巡航ミサイルであり、稀に超音速巡航ミサイルも存在するが、中国ロケット軍は対艦弾道ミサイルの開発に成功し、中国近海に侵攻してくるアメリカ海軍空母や強襲揚陸艦を中国内陸奥深くからも弾道ミサイルによって撃沈する能力を手にしている。