海洋国家とは?(04)海洋国家を支える三要素

“征西府”は日本の国防は重武装永世中立主義に立脚するべきであると考えている。その第一の根拠は、日本の国防原則は海洋国家の国防原則に遵わねばならないからである。そこでまず明らかにしておかなければならないのは、「海洋国家」という語である、というのは海洋国家という語を単に「海に囲まれている国」と言ったふうに理解したのでは海洋国家の国防を論ずることができないからだ。本小冊子では「海洋国家」についての社会科学的定義を記述する。

海洋国家の定義
下記の諸条件をすべて満たしている国家を海洋国家と呼称する。

地形的前提:国土に海岸線を有している、すなわち内陸国ではないこと。
地理的前提:国民経済の発展と安定を海洋交易に大幅に依存している。
海運力:海洋を経由する交易を実施するために必要な海運力を保持している。
海洋軍事力:国土と海洋交易を外敵の脅威から防衛するために必要な海洋軍事力を保持している。
造船力:海運と海軍に用いる船舶を建造し維持するために必要な造船力を保持している。

“征西府”が準拠している海洋国家の定義のうち「地形的前提」は極めて単純な前提であり、国家の地形的分類で内陸国家に分類される国々は全く海に面していないため当然のことながら海洋国家にはなりえないという意味である。それ以外の国々は、距離の長短はあるにせよ海岸線を有しているため海洋国家になりうる可能性はある。

「地理的前提」は、それぞれの国の経済活動の基本的性質に関わる条件である。国土に海岸線を有し港湾施設を設置することができるため海洋を用いた交易をすることができる国でも、国民経済に必要な天然資源や食料や工業製品などがすべて国内で調達することができたり、あるいは外国から輸入する必要がある場合でもそれらは陸路によって調達可能な場合、海洋交易による輸入は国民経済にとって必要不可欠というわけではない。

そして、そのような国が経済的に発展したり国民生活を安定させるために天然資源や工業製品などを輸出する必要がなかったり、輸出する必要があったとしても陸路によってほとんどの輸出をなすことができる場合には、海洋を利用する交易によって国民経済の維持発展が左右されることはない。

つまり海洋国家としての大前提は、国土に港湾施設や軍港などを設置するための海岸線を有しているという地形的条件だけでなく、国民経済を維持し発展させるために海洋交易が必要不可欠であるという地理的条件をも併せ持っていることが必要なのである。

海運力

このように海洋国家にとっては海洋を利用する貿易は国民経済の生命線ということになるため、海洋交易の担い手である海運力が必要不可欠ということになる。言い換えると、国民経済の発展と安定を海運力に大幅に依存している、という状態が地政学的に海洋国家と分類されるための第一の要件である。

歴史的には海運のほうが発達していた

鉄道や大型トラックが誕生する以前は、古今東西を通して、海上交通のほうが陸上交通よりも一度により多くの荷物を運搬できるため、海や川を使った交易は発達していた。たとえば、日本でも古来より沿岸海域や河川を利用した海運が発達していた。江戸時代から明治時代にかけて、いわゆる豪商と呼ばれた商人の多くが北前船と呼ばれた西廻海運や北国廻船それに東廻海運などに携わった海運業者やそれらに関連する業者であったことからも、日本でも海運が盛んであったことが確認できる。

江戸時代の海運ルート

このような事情は日本と同じ島嶼国であるイギリスでも同様であった。ただし、船舶建造技術や航海術などの発達に伴って、沿岸漁業や北海など沿海域での海運に留まらず、地中海や大西洋やがてはインド洋を渡り世界各地へ進出しての海上交易活動も盛んとなった。このほかにも、琉球国のような島嶼国でも、中国や朝鮮との間だけでなく遠く東南アジアに進出しての海上交易が非常に盛んであった。

島嶼国ではなくとも海に面したポルトガル、スペイン、オランダなどは盛んに海上交易を行った。また中国でも明の時代には鄭和が数度にわたって大船団を率いてインド洋沿岸諸国への大遠征を行った。しかし、その後の明では鎖国政策に転換したため、ヨーロッパ諸国のような海外進出は行われなかった。

海洋交易はかつては海運すなわち船舶を利用した海上輸送だけによってなされていたが、現代においては海上輸送だけでなく海洋の上空を経由する航空輸送という手段も用いられている。もっとも、海上とその上空すなわち海洋を通過する貿易貨物を重量ベースで比較すると99%近くが海上輸送、1%が航空輸送となっている。(軽量かつ高価なものが航空輸送に適しているため、金額ベースの場合は75%対25%程度である。)そのため、国家の交易活動の死命を制するのは依然として海上輸送すなわち海運ということができる。

ただし海運に関するシステムが複雑かつ高度化している現代においては、海運力には海上輸送そのものの能力に加えて、港湾の建設・維持・管理、倉庫や物流施設などの陸上でのロジスティックス、など海上輸送に関連する幅広い商業工業サービス活動を包含した能力も含まれることになる。

海上輸送に用いられている船舶(タンカー、コンテナ船、貨物船など)は自国の船会社が自国船籍(国際法上、あらゆる船舶には国籍があり、その国籍が船籍と呼ばれている。そのためすべての船舶は戸籍である船籍に登録されており、公海上では登録されている船籍の国の法律が適用されることになっている。)の船舶だけを用いて行われるわけでない。コスト削減のために、船舶関連の優遇税制を提供する便宜置籍国に登録した外国籍の船舶を用いる場合が一般化している状況である。くわえて輸送量増大に対処するために、自国の船会社ではなく、他国の船会社を利用することも幅広く行われるようになっておる。またたとえ自国の船会社が自国船籍の船舶を用いている場合でも、その船に外国籍の船員が多数乗務しているケースもごく日常の姿となっている。

したがってある国の海運力を評価する際に、主たる要素である海上輸送能力をその国自身が保持していなくとも、外国の船会社を自国のために利用する事ができる経済力や政治力を海上輸送能力とみなすことも可能である。

しかし、このように外国の船会社の輸送力を使用できるのは平時においてであり、自国が当事国となる場合はもちろんのこと第三国間で大規模な戦争状態が勃発した場合などは、自国の海上輸送を自国の船会社しか用いることができなくなる公算が極めて大きい。また自国の船会社が運用する船舶といえども、乗組員の大半を外国籍の船員に頼っている場合には、有事の場合運行できなくなる可能性が高い。したがって、一国の海運力の強弱の根本は、やはり自国自身が保持している海上輸送力に大きく左右されることになるのである。

海洋軍事力

歴史的経験によると海洋交易は海賊や敵対する国や勢力、それらに加えて現代においては国際テロリスト、などによって妨害されるおそれが常につきまとっている。そのため自国の海洋交易を様々な外敵の脅威から守るための海軍力、現代的には海洋軍事力、が必要になるのである。

また、海洋国家には海岸線があるだけでなく、海洋交易のための港湾施設や港湾を支えるインフラが整っていなければならない。そして、そのような施設に恵まれているということは、海から接近してくる外敵がそれらの港湾を襲撃したり海岸線に上陸して雪崩れ込んでくる可能性が極めて高いことを意味している。そのため海洋国家は、海から襲ってくる外敵から海岸線と海上交易を守り抜くために海洋(海上、海中、海洋上空、場合によっては海洋上の島嶼)で外敵と戦い撃退するための海洋軍事力を主体として整備する必要がある。

かつては海洋での戦いは、艦艇同士が海上で戦ったり、海上の艦艇から陸地を砲撃したり、場合によっては海上から艦艇で海岸線に接近殺到上陸して海岸線で戦う、といった形をとっていたため、艦艇を擁する海軍の戦いと理解されていた。しかしながら、軍事技術の発展とともに海洋での戦いには艦艇だけではなく航空機が投入されるようになり、現在では沿岸から数十キロ時には数百キロ以上も離れた沖合の海洋の艦艇や航空機を長射程ミサイルで攻撃する、といったように海洋での戦闘は艦艇だけの領分ではなくなり航空戦力やミサイル戦力などの軍種も加わるようになっている。そのため〝征西府〟では現代の海洋における戦闘に投入される軍事力を「海軍力」ではなく「海洋軍事力」と呼称しているのである。

海洋軍事力は、(1)駆逐艦、フリゲート、ミサイル艇、航空母艦などの海上戦闘艦艇を中心とする海上戦力、潜水艦や無人潜水艇などを中心とする海中戦力、戦闘機や警戒監視機や偵察機などを中心とする航空戦力、地上の発射装置や艦艇それに航空機から発射され数百キロ先の艦船や航空機を攻撃する長射程ミサイル戦力、海洋から海岸線に接近着上陸して沿岸地域での地上作戦を実施する海兵隊戦力、などの「戦力」、ならびに(2)輸送艦や補給艦などによる海上輸送能力や海上補給能力を中心とした海上兵站力、輸送機や輸送ヘリコプターなどによる航空輸送能力、軍港や航空施設それに兵器や装備の開発製造やメンテナンスなどのロジスティックス能力すなわち「兵站力」、そして(3)どのような「戦力」と「兵站力」が必要なのかを規定するとともに、どのように「戦力」と「兵站力」を用いるのかをも規定する「国防基本戦略」、という3つの要素から構成されている。

造船力

海上輸送を盛んに実施するためにも、また海洋軍事力を手にするにも、ともに貿易船や軍艦などの船舶が必要不可欠であることは当然だ。そのため、貿易船や軍艦を確保することが海洋国家には極めて重要である。すなわち、理想的には、海洋国家としては自国で用いるすべての貿易船や軍艦は自国において建造することが望ましいことになる。

とはいえ、大型タンカーやコンテナ船それに特殊な貨物船などの設計・建造技術それに修理やメンテナンスを含めた造船能力を有する国々はさほど多くはない。そのため貿易船の場合は、外国に発注して買い入れる場合が主流になっているのが現状だ。

貿易船以上に海軍艦艇や沿岸警備隊巡視船などの場合はさらに設計・建造能力を有する国は数少なく、それら軍艦の中でも潜水艦や航空母艦などを生み出せる国は極めて少ないのが現状である。したがって多くの国々の海軍では、外国のメーカーに軍艦を発注したり、外国の海軍から中古艦艇を買い入れたり、外国メーカーと自国メーカーによる共同開発や建造を実施するなど、自国のみでの調達以外の方策を方策を採っているのが現状である。

もっとも歴史的には、自国で自らの軍艦を建造する能力が十分発達していないために外国から主要な軍艦を買い入れて海軍を建設し、そのような海軍によって外敵を打ち破った事例もないわけではない。

たとえば、日露戦争以前の日本は最新の戦艦や巡洋艦といった大型戦闘艦を建造する技術力を持ち合わせていなかった。そのため同盟国であったイギリスに新鋭軍艦を多数発注するとともにフランス、ドイツ、イタリア、アメリカの軍艦を購入して、強力な軍艦を取り揃えていたロシア海軍との対決の準備をなしたのであった。結局、日露戦争において日本海軍はロシア海軍を撃破したのであるが日本海軍の主力軍艦の多くがイギリス製であった。

日露戦争時の日本海軍主力戦闘艦と準主力戦闘艦の製造元

日露戦争の事例が物語っているように、海軍の戦力構築・維持のために外国から軍艦を調達することによって海軍力を増強することは可能である。しかし、それはあくまでも同盟・敵対関係が自国にとって有利な状況下にある場合や、平時が続いている場合に限られるのであり、自国が関係する戦争や第三国間の戦争が勃発した場合に、外国からの軍艦調達が途絶してしまうであろうことは十二分に想定できる。

したがって、可能な限り自国で軍艦を建造する能力、艦艇の設計、建造だけでなく、艦艇に積載する各種装置や兵器・武器類、それに情報処理装置や通信装備、また鉄鋼などの基礎材料製造能力、それに修理やメンテナンス能力をも含めての造艦能力を自国自身で保持していることは、いかなる海洋海洋国家にとっても理想的条件ということになる。

    “征西府” 北村淳 Ph.D.

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次