トランプ政権苦肉の策:船が造れなくなり苦境に陥っているアメリカ海軍(3B/3)

アメリカが中国を軍事的に抑え込むには、中国海軍を圧倒する海軍力が必要不可欠であるが、現在のアメリカ海軍にはそのような戦力はない。そして、トランプ大統領が海軍力強化を叫んでいても、アメリカの造船能力は中国と比較すると消滅状態に近いという惨状であり、とても速やかに海軍力を再建することは不可能な状態である。

そのためアメリカ海軍関係者たちの間では、本コラムで指摘したように、日本と韓国をはじめEU諸国などの同盟国の造船能力を活用して、アメリカ自身の造船能力を再興させつつ、アメリカ海軍力増強を推し進めるための4つの方策(投資呼び込み策、MRO策、造船策、造艦策)が浮上している。今回は、MRO策と日本の関係について考察してみることにする。

MRO策:韓国や日本の造船力をアメリカ自身の造船力再建に用いるだけでなく、より直接的にアメリカの海軍力や海運力の強化に活かそうというのが第二の策だ。すなわち、日本や韓国の造船所で、アメリカ海軍軍艦や海軍が運用する輸送艦やタンカーなどの補助艦船の修理やメンテナンスそれにオーバーホール(MRO)を実施するのである。これによって、アメリカ国内の海軍造船所や民間造船所において増加し続けている膨大なMROのバックログを少しでも解消することができ、結果としてアメリカ海軍力の浮上に資することができるのである。

第一次トランプ政権時に、アメリカ海軍の軍艦(アメリカ海軍の定義による戦闘艦隊〜battle forces〜に所属すると分類される艦艇)保有数を355隻以上に拡大し維持することを海軍・政府・連邦議会の義務となす法律を制定したのは、中国海軍に艦艇保有数を追い抜かれつつあるという状況をなんとか打破しようという目論見によってであった。

しかしながらバイデン政権下では軍艦建造数は頭打ち状態が続くとともに退役を強いられる老朽艦艇も増加しつつあったため、2025年4月末現在の公式戦闘艦隊所属艦艇(航空母艦、水上戦闘艦、原子力潜水艦、水陸両用艦、掃海艦艇、戦闘補給艦、艦隊支援艦)数は293隻となっている。一方中国海軍は、アメリカ海軍の戦闘艦隊の定義に対比させると、すでに370隻を超えているものと思われる。

海軍の戦闘は「艦艇数が多い側が圧倒的に有利である」という海軍戦略理論が示しているように、いかなる海軍にとっても艦艇保有数は最も重要な要素である。ただし、現在の北朝鮮海軍などのようにいくら多数の艦艇を保有していても大半が時代遅れや老朽した艦艇である場合には、少数ながらも新鋭艦艇で構成された海軍に対して勝ち目はない。

昨今の中国海軍艦艇は、大多数が現代的な艦艇であり、巡洋艦や駆逐艦それにフリゲートなどの多くはアメリカ海軍より高性能となっている。また、艦艇に搭載される兵器類においても、アメリカ海軍が装備している対艦ミサイルはもはや旧式であり中国海軍が装備するミサイルには対抗できない状態だ。したがって、アメリカ海軍と中国海軍を比較する場合、それぞれの艦艇保有数は極めて重要な意味を持つことになるのである。

艦艇数に関連して見逃してはならない要素として、いくら多数の艦艇を保有していても作戦に投入可能な状態の艦艇数が少なくては話しにならない。つまり、海軍艦艇に対するMRO能力が高水準を維持していなければ、軍艦は宝の持ち腐れとなってしまうのである。このMRO能力は、保有している軍艦が古くなればなるほど必要性が増すことになる。この点において、中国海軍よりも年季の入った軍艦が多いアメリカ海軍は悲劇的な状況に陥っているのである。

アメリカ海軍艦艇のMROは主として海軍が運営している4つの海軍造船所(ノーフォーク:ヴァージニア州)、ポーツマス:メイン州、ピュージョットサウンド:ワシントン州、パールハーバー:ハワイ州)ならびに、サンディエゴ海軍基地と横須賀海軍基地に設置されているメンテナンス修理施設(民間企業が契約)で実施されている。しかし、日本企業(住友重機械マリンエンジニアリング)が担当している横須賀海軍施設を除いては、すべての海軍施設で修理やメンテナンス作業に大幅な遅延をきたしており、延べ日数に換算すると合計でおよそ11年の遅延が山積みとなっているという惨状である。

トランプ大統領による「偉大なアメリカ海軍の再興」「偉大なアメリカ造船業の復活」といった方針の下、アメリカ海軍は海軍造船所の抜本的再建に乗り出してはいものの、すべての海軍造船所は極めて老朽化しているだけでなく熟練労働者も欠乏しており、海軍造船所の立て直しの途は極めて遠いものと言わざるを得ない。くわえて、アメリカ国内の民間造船所では、新規に受注した海軍艦艇の建造や大規模修理などを実施しており、それらも遅延状態にあるため、とても海軍造船所のMROを補完する余裕などないのが現状だ。

そのため、同盟国の民間造船所でアメリカ海軍に関係する艦船の修理やメンテナンスを実施するという「MROの外注」によって、これ以上海軍艦艇MROのバックログを増やさず、徐々に山積している遅延状態を解消していこうという方針を採用せざるを得なくなってきたのである。軍事大国であるアメリカにとって、自国の軍艦の整備や修理を同盟国とはいえ他国で実施するなど屈辱以外の何物ではないのだが、もはや背に腹は代えられない状況に陥ってしまっているのである。

ただしこの方針の公式採用は遅きに失していると言わざるを得ない。すでに10年ほど前にはアメリカ海軍の戦略家たちならびに筆者は、アメリカ海軍第7艦隊所属艦艇とアメリカ海軍太平洋艦隊で断続的に西太平洋からインド洋に展開している水上戦闘艦や補助艦船の修理と定期メンテナンスを日本の民間造船所で実施すべきであるという構想を生み出していた。軍艦のMRO分野での日米協力の確立によって、日米両政府が口先だけで繰り返している日米同盟の強化が名実ともに達成されることになると考えたのである。〜〜「アマチュアは戦闘を語り、プロは兵站を語る」の好事例であった。〜〜ただし、日本の民間造船所はアメリカ海軍のために操業しているわけではないため、アメリカ海軍側は定期メンテナンスの数量を確約する形での契約を締結しなければ、営利企業である日本側の協力を得ることは難しいという留保付きであった。

このアイデアは、横須賀における日本企業による米軍艦のメンテンナンスや日本国内での海上自衛隊艦艇へのメンテナンスなどの状況から、日本の民間造船所は技術レベルが高いだけでなく期限と予算を遵守することを、アメリカ海軍側も理解していたため、少なからぬ太平洋艦隊指導者たちの支持も得た。そして、安倍首相の実弟であり後に防衛大臣を務めることになった岸信夫衆議院議員(当時)がホノルルを訪れた際に、太平洋艦隊司令官スイフト海軍大将(当時)との間でも話し合われた。

その後、スイフト司令官とその幕僚たちが実現に向けて動き(防衛省海上自衛隊側からはなんの働きかけもなかったが)アメリカ海軍側から日本企業に対して日本の民間造船所における米海軍関係艦船の修理作業の公開入札が行われ、それ以降細々ながらも日本の民間造船所における米軍関係艦船の修理作業が実施されている。アメリカ海軍による当初の発注は補助艦船の修理程度であったが、期待通りの技術レベルの高さと納期厳守のために時を経ずしてアメリカ海軍側の信頼を勝ち取った三菱重工業では2019年には米海軍イージス駆逐艦「ミリアス」のメンテナンス作業を実施するに至った。

細々ととはいえ日本の民間造船所における米海軍関係艦船のMRO作業が開始されたのを受けて、防衛産業の海外展開を最重要国策の一つに据えている韓国は、政府・海軍・民間企業が一丸となってアメリカ海軍艦船のMROの韓国内での実施に向けて動き始め、2024年にはアメリカ海軍貨物弾薬補給艦「ウォリー・シラー」の大規模メンテナンス作業を受注し韓国内の造船所(ハンファ・オーシャン巨済造船所)で作業が実施された。

韓国は韓国内でのアメリカ艦船MROだけでなく、すでにハンファ・オーシャンが買収したアメリカのフィリー造船所においてアメリカ海軍に関係する艦船のMROを実施する可能性は極めて高い。実際に、アメリカ海軍関係者の中からはハンファのフィリー造船所をアメリカ海軍管轄のもとで韓国企業が経営する形で第5番目のアメリカ海軍造船所としてMRO作業を実施するべきであるという声が生じている。いずれにせよ、アメリカ海軍は海外(実際には日本と韓国)民間造船所に対する艦船のMROの発注を増加させることになっており、世界第3位の造船国日本と世界第2位の造船国韓国がアメリカ軍艦のMROを受注するために競合することになる。

日本としてはアメリカ海軍艦船(駆逐艦などの水上戦闘艦と補給艦や輸送艦などの補助艦船)のMROを日本の民間造船所で実施することは、日米同盟を実体的に強化させることになるだけでなく、完全な従属状態にある同盟関係をわずかながらも対等的関係へ引き上げる刑期にもなりうるのである。なぜならば、現時点におけるアメリカの決定的弱点を日本の造船業界が救援することになるからだ。

しかし、自らの弱みを決して見せようとはしないアメリカ側は、自らが果たすことができない軍艦のMROを日本側に対して低姿勢で依頼することはせず、アメリカ海軍艦船のMROを日本で実施することはアメリカ海軍が中国の脅威から日本を防衛するために有用なだけでなく、日本企業にとっても利益をもたらす、一石二鳥以上の効果がある日米協力である、といった姿勢で話を持ってくるであろう。

日本政府としては、アメリカ側の言いなりになるのではなく、日本企業としても日本自身の軍艦や民間船のMRO作業で手一杯の状態(これは事実)であるのだが、同盟国であるアメリカ造船業とアメリカ海軍の惨状を見るに見かねてアメリカ軍艦のMROを受注するのである、もしアメリカ軍艦のMROのために日本企業に投資が必要になった場合には、その投資は米に対する投資とみなすべきである、といったくらいの要求を示しつつ協力していかなければ、再び「御しやすい、チョロい連中」との見くびりを受けることになってしまうであろう。

    “征西府” 北村淳 Ph.D.

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