トランプ政権苦肉の策:船が造れなくなり苦境に陥っているアメリカ海軍(2/3)

第二次トランプ政権が「偉大なアメリカの再興」のために「世界最強のアメリカ海軍の復活」ならびに「アメリカ造船力の再建」そして「アメリカ海運力の再建」の推進に踏み出したのは当然と言えば当然といえる。なぜならばアメリカは海洋国家として発展し世界的覇権を手にしたのであり、その海洋国家の三要素が弱体化したからこそ「偉大なアメリカ」ではなくなってしまったからである。

海洋国家の三要素とは海軍力(より現代的には海洋軍事力)、海運力、そして造船力であるが、ソ連との冷戦に打ち勝って以降世界の覇権を手にした気の緩みからアメリカはこれら三要素とりわけ造船力と海運力から手を引き始めてしまった。そして21世紀になるとイスラム原理主義テロリスト集団との戦争に突入したため、海洋軍事力よりも対テロ戦争の主役である陸上軍事力が重視されるようになってしまった。

アメリカ軍は20年もの長きにわたり対テロ戦争に投入され続けたあげくに、アフガニスタンから無様な撤収を行って対テロ戦争に敗北した。その間、アメリカによる東アジア支配を打倒しようと海洋軍事力、造船力、海運力に国力を傾注してきた中国は、造船力と海運力では世界トップに躍り出るだけでなく、海洋軍事力でも多くの分野でアメリカを凌駕するに至った。

その反対に、アメリカの造船力と海運力は凋落の一途をたどり、海洋軍事力においても、かろうじて過去の遺産を引き継ぐ原子力空母や戦略ミサイル原潜など限定された分野においてのみ中国を上回る程度になってしまったのである。

アメリカにおける海洋国家の三要素の弱体化についてはアメリカ海軍内外の少なからぬ戦略家たちから警鐘が打ち鳴らされ続けてきていたが、第一次トランプ政権がそれらの警告にほんの少し耳を貸し、海軍艦艇数を355隻にまで引き上げる方針を法令化したものの、その後のバイデン政権下では海軍力増強は推進されることはなかった。

第二次トランプ政権が誕生すると、「偉大なアメリカの再興」には単に海軍の戦力増強だけではなく海洋国家であるアメリカを支えるべき三要素すべてを復活させなければならないという海軍戦略家たちの主張がようやく〜遅ればせながら〜受け入れられて、強力な海軍の再建の大前提としてアメリカ造船力の再構築をトランプ大統領自身が繰り返し強調するようになった。

トランプ政権が取りうるアメリカ造船力の再建策は、まず第一に造船業界の人材不足を解消するために造船業界に対する優遇税制や補助金の支出を行い賃金上昇によって人材を集めさせる方針が考えられている。

ただし、高度の技能を有する溶接工を始めとする熟練工や開発設計に当たる専門技術者などの人材不足の解消は賃上げだけではいかんともしがたく、それらの人材そのものを養成する必要性がある、そのためそれらの人材の養成機関や高等教育機関の立て直しにも手をいれる必要が生じている。しかしながら、人材育成には数年単位での時間がかかる。

また、アメリカ海軍が直轄している造船所だけでなく、民間の造船所の大半も老朽化しており、施設の近代化には莫大な資金と、やはりかなりの年月が必要である。施設の老朽化に加えて、アメリカ造船業界で開発・設計・建造すべての分野において中国・韓国・日本などの先進造船技術に立ち遅れてしまっており、それらのソフト面における遅れも取り戻さなければならず、これまた時間のかかる作業となっている。そのため、下記のような同盟国、主として日本と韓国、の造船能力を活用しようという諸方策が浮上している。

投資呼び込み策:第一の策は、造船先進国であるとともにアメリカの属国的な同盟国である韓国と日本の造船業界を活用する方策である。高額関税を減額させる一つの方策として韓国や日本の造船業界にアメリカ造船業界への投資をさせて技術協力や共同経営などのチャンネルを構築し、造船先進国のノウハウを取り込んでアメリカ造船力の再建を加速させるというのが韓国や日本の造船能力を利用する一つの方策である。

韓国のハンファが買収したフィラデルフィアにあるアメリカ屈指のフィリー造船所

MRO策:韓国や日本の造船力をアメリカ自身の造船力再建に用いるだけでなく、より直接的にアメリカの海軍力や海運力の強化に活かそうというのが第二の策だ。すなわち、日本や韓国の造船所で、アメリカ海軍軍艦や海軍が運用する輸送艦やタンカーなどの補助艦船の修理やメンテナンス作業(MRO)を実施するのである。これによって、アメリカ国内の海軍造船所や民間造船所において増加し続けている膨大なMROのバックログを少しでも解消することができ、結果としてアメリカ海軍力の浮上に資することができるのである。この方策は、筆者も関与しアメリカ太平洋艦隊司令部からの働きかけにより日本の民間造船所で細々と開始されていたが、昨年からは韓国の政府・軍・民間連合体の積極的な働きかけにより韓国国内造船所でも開始された。この日本や韓国の民間造船所における米海軍関係艦船のMROは米国側の法的ハードルも低いため、今後ますます増加する見込みとなっている。もちろん、日本や韓国の造船所にも作業容量があるため、アメリカ側の目論見通りにMROが進む保証はない。

造船策:アメリカ国内法でアメリカ海軍軍艦や沿岸警備隊艦船はもとより国内海運に用いる民間貨物船などもアメリカ国内の造船所で建造しなければならないことになっているのであるが、この決まりを緩和して、アメリカの海運や場合によっては海軍の兵站支援を行う輸送船やタンカーなども韓国や日本の造船メーカーに発注しようという策も浮上している。これによって、極めて弱小化してしまっているアメリカの造船業界が立ち直るまでの間の船舶供給の決定的不足を少しは解消することが可能となる。もちろん、韓国や日本の造船メーカーに受注する余裕があるかどうかというハードルがあるが、日米同盟や米韓同盟における米側の優越的立場や高率関税の脅しなどを用いて両国政府に圧力をかけ、最大限の協力を引き出そうと米政府は目論んでいるのである。

造艦策:軍艦の建造を同盟国とはいえ日本や韓国やヨーロッパ諸国などへ発注することは、アメリカ国内法の障害のみならずもはや先進国とは言えない状態とみなされてもいたしかたない。しかしながら、中国海軍に追い越されてしまった現在、アメリカ海軍が中国海軍を抑え込むだけの戦力を急速に身につけるには、国内の造船業界の復活を待つといったような悠長な姿勢を取っているわけにはいかない。恥も外聞も捨て、かつ国内法の改正などを実施して、同盟国で優秀な軍艦を建造させて調達を進めていくしか現実的には手段はない、というのが少なからぬ海軍戦略専門家の背に腹は代えられない窮余の一策である。

    “征西府” 北村淳 Ph.D.

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次