アメリカ国内の造船能力の低下に喘ぎ、中国海軍に追い上げられてしまったアメリカ海軍は窮余の一策として使い古した駆逐艦の使用期限を延長した
【ニュース】
アメリカ海軍は現在就役中のアメリカ海軍駆逐艦のうち最も古いアーレイ・バーク級フライトⅠ型12隻の耐用年数〜35年間〜を延長して使用する決定を、10月31日、公表した。(米海軍広報)
カルロス・デル・トロ海軍長官は、先ごろアーレイ・バーク級駆逐艦が紅海でヒズボラのドローンやミサイルを撃墜した戦果を引き合いに出して、アーレイ・バーク級駆逐艦は未だにアメリカはもとより同盟国や友好国を防衛する能力を発揮することが証明されているとアーレイ・バーク級駆逐艦の有用性を誇っている。
アメリカ海軍はアーレイ・バーク級フライトⅠ型20隻の船体材質や戦闘能力それに延命のためのメンテナンス可能性などを精査し、それらの状況が良好な12隻は予定されていた退役予定期限(FY:会計年度)を下記(DDG:ミサイル駆逐艦)のように延長して使用することが可能であると判断した。
- DDG-52:Barry – FY2028からFY2031へ3年間延長
- DDG-53:John Paul Jones – FY2028からFY2033へ5年間延長
- DDG-54:Curtis Wilbur – FY2029からFY2034 へ5年間延長
- DDG-55:Stout – FY2029からFY2034へ5年間延長
- DDG-56:John S. McCain –FY2029からFY2034へ5年間延長
- DDG-58:Laboon – FY2030からFY2035へ5年間延長
- DDG-60:Paul Hamilton – FY2030からFY2035へ5年間延長
- DDG-63:Stethem – FY2030からFY2031へ1年間延長
- DDG-64:Carney – FY2031からFY2032へ1年間延長
- DDG-66:Gonzalez – FY2031からFY2036へ5年間延長
- DDG-67:Cole – FY2031からFY2036へ5年間延長
- DDG-68:The Sullivans – FY32 to FY35へ3年間延長
ただし、耐用年数の延長は、場合によってはメンテナンスや修理によりコストがかかったり、現時点でも遅延にあえいでいるメンテナンス期間が更に長い遅延を生ぜしめる可能性があるとの指摘もなされている。(例えば、この記事など)。
【コメント】
アメリカ海軍がかなり使い込んできている12隻のイージス駆逐艦の使用期限を延長した最大の理由は、現在のアメリカ造船能力では新しい駆逐艦を迅速かつ数多く生み出すことができなくなってしまったからである。
「偉大なアメリカの再興」の支柱の一つとして「大海軍力の再建」を掲げていた(第一次?)トランプ政権(2017年1月~2021年1月)は、海軍力復興の一助として355隻艦隊の建設を法律化した。すなわちアメリカ海軍、関係政府軍機関、連邦議会は、アメリカ海軍戦闘艦隊の有人艦艇数を355隻に増加させることを義務付けられたのである。
しかし、バイデン政権の期間を通して、アメリカ海軍戦闘艦隊を構成する艦艇数は280隻から290隻の間を上下するにとどまっている。新たに建造された艦艇数から耐用期限を迎えて退役した艦艇数を差し引いた数が純増加数であるため、新造艦数が飛躍的に拡大しない限りなかなか戦闘艦隊数は増加しない状況なのである。
アメリカ海軍の新造艦数が伸びないのは、バイデン政権下で艦艇関係予算が伸び悩んだという事情以上に、アメリカの造船業界が危機的状況に直面しているという事情に多くを負っている。すなわち、軍艦の建造、修理、メンテナンスに関与している民間造船所と海軍造船所は施設の老朽化が進み、熟練技術者や労働者が不足しているため、艦艇メンテナンスのバックログだけでも延べ数年分に達しており、新規造艦をスプードアップさせることなど無理な話となってしまっている。
一方、アメリカ海軍が最大の仮想敵に据えている中国海軍は、中国造船能力がアメリカ造船能力を圧倒的に上回っており、軍艦建造スピードも4倍以上と順調なため、すでにアメリカが掲げている355隻艦隊を上回る強力な戦闘艦艇数を手にしている。もっとも、海軍艦隊の戦力は艦艇数だけでは優劣は決まらない。たとえば旧式小型艦艇を多数保有している北朝鮮海軍は艦艇数は極めて多いが戦力は弱体であることは誰の目にも明らかだ。
しかし、現在の中国海軍が運用している艦艇は質的にもアメリカ海軍に勝るとも劣らない新鋭艦の割合が急増しており、アメリカ海軍自身が認めているように、もはや空母戦力を除いては中国海軍はアメリカ海軍を凌駕したとも言えなくはない。そして米中対決を想定した場合、アメリカ海軍はロシアやイランなどを牽制しつつ南シナ海や東シナ海へと空母艦隊中心の戦力を展開しなければならないのに対して、中国軍は地上ベースの対艦兵器や対艦攻撃機を大量に投入できるため、空母戦力での劣勢はさしたる問題にはならない。
このような状況であるため、アメリカ海軍内外の対中強硬派の人々は、アメリカ国内の造船能力をフルスピードで再興して、355隻艦隊できれば400隻艦隊を可及的速やかに誕生させなければ、米中海軍力の差はますます拡大してしまうと危機感をつのらせている。
しかしながら、大きく弱体化してしまった造船基盤を活性化するにはかなり長期間が必要である。そのため、少しでも355隻艦隊の実現に近づけるべく打ち出された窮余の一策の一つが、今回の12隻のアーレイ・バーク級フライトⅠ型の延命策なのである。
ただし、いくらもはや旧式になりつつ有るアーレイ・バーク級フライトⅠ型を延命させたとしても、より強力な各種新鋭艦艇を続々生み出している中国海軍と、世界最強の対艦ミサイル戦力を有する中国軍相手に、アメリカ海軍が立ち向かうのは極めて厳しいというのが原状だ。そこで米海軍内外の対中強硬派は、アメリカの造船能力が再建されアメリカ海軍力が再充実するまでの期間は、海上自衛隊や韓国海軍それにNATO諸国海軍などを対中包囲網に動員させるとともに、日本や韓国の造船能力をも活用してアメリカ自身の穴埋めを図ろうといったアイデアを押し進めようとしているのである。